志村けんの最後の言葉が感動的!知人が明かした内容とは?

志村けん、最後の言葉、死去芸人・アナウンサー・声優・その他
出典:https://news.biglobe.ne.jp/

お笑いタレントの志村けんが新型コロナウィルス感染症による肺炎のために逝去され、享年70歳でした。

報道によると、近親者で葬儀を行って後日、別途でお別れの会を開催する予定だといいます。

そんな志村けんのあらゆるシチュエーションでの最後の言葉が話題になっていますのでみていきましょう!

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志村けんの最後に残した言葉に感動!

志村けん、最後の言葉、死去

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3月17日に志村けんは倦怠感を覚えたために自宅静養にはいられました。

3月19日には発熱、呼吸困難の症状が出たと言います。

3月20日に主治医からは重度の肺炎と診断されて緊急入院されました。

実施された検査から3月23日には陽性と判明したそうです。

翌、3月24日に新宿区にある人工心肺装置の設備を要する病院に転院し、集中治療室に入ったとも報じられていました。

そんな志村けんは入院される直前まで近しい知人の方々と連絡を取り合っていたと言います。

志村けんの優しくて頼りになる一面が垣間見られるメッセージを今回はおっていきましょう。

「俺が来てやる!」という返信

新型コロナウィルス感染拡大の影響で外出自粛の要請の出された都内、銀座や六本木などの高級クラブやキャバクラからはどんどん客足が遠のいていました。

常連客であった志村けんのもとにはオーナーからのヘルプメッセージが数多く届いていたと言います。

そのメッセージに対して志村けんは、

「俺が来てやる!」

と、豪快に返信していたそうです。

馴染みの店を深夜まで何件もはしごして回り大金を落としていたと友人は語ります。

また、店の経営者の一人からはこんな話がありました。

「1月に志村さんは胃のポリープを切除する手術をしたのに2月にはもう六本木の高級キャバクラで目撃されていました。

アルコール類はそんなに飲んでいませんでしたがそれでも退院祝いに高いお酒を注文して、志村さんお馴染みの執拗なお触りも以前と変わらずでした。

今は経営不調のお店が増えている中、志村さんの『俺が来てやる』の一言にどれだけ救われたか。

困っていると相談されればいてもたってもいられず、女の子に直接お金を渡す豪快さもあったし、義理堅さは夜も健在でお気に入りの女の子が銀座へと移っても店に通っていたんです。

銀座は2月の中頃から自粛ムードのダメージを受け厳しさを増していたそうですが、志村けんは生涯通うと豪語していました。」

また芸能関係者は、

「昔からですが、志村けんは『銀座で飲めないなら結婚はしない』というほど銀座への愛に溢れており、祝いの席がある度に銀座に設けてお金を落としていたとこだわりがあった。

店では自粛要請の話題も出るのですが、『自粛自粛で客が来なくても俺が来る』と言ってのけたほどです」

と、語りました。

しかし、そんな願いは叶いませんでした。

3月初めまで銀座に姿を見せ、自粛要請の影響を心配していた志村さんの体力があえなく先に尽きてしまったのです。

最近の銀座や六本木では休業する店が後を絶たないと言います。

今頃、天国で志村けんは心配されているでしょうね。

知人への嬉しそうなLINE

松竹の100周年を記念した映画、『キネマの神様』において初主演が決定していた志村けんですが、撮影はもうすでに開始しており入院が決まってからも4月から合流の予定でした。

しかし、3月26日には事務所はやむを得ず出演自体を認めました。

その一方で主催の松竹側ではスケジュール再調整を始めるなど志村けんの復帰を待とうという雰囲気だったのです。

自宅療養中の3月18日に連絡を取り合っていたという知人は、

「本当に入院する直前まで志村さんは撮影への意欲を燃やしていました。

無念だったと思います。

志村さんにLINEを送ると『もうすぐ主演映画の撮影が始まるんだ』という返事が返ってきました。

発熱で入院される前日の事です。

2月にお会いした時も志村さんは『今年は役者をやる、映画も決まった。』と照れながら話していました。
撮影をとても楽しみにしていたのに、、、」

と、語ります。

しかし、その後志村けんとは音信不通となってしまったと言います。

「翌日の19日、LINEを送りましたがマメな志村さんには珍しく返事がありませんでした。

お仕事に集中されているのかなと思っていましたが、まさか入院していたとは夢にも思いませんでした。」

志村けんは、今回の映画撮影直前に仲の良いスタッフには

「山田洋次監督の映画だから体調を万全にして臨みたいんだ」

と、話し、これまではタバコをやめても頑として行わなかった断酒も辞さないほどの思いだったと言います。

他界する直前の言葉

志村けんは2020年3月29日の午後11頃に都内の病院で他界したのですが、最後の発した言葉とはいったいなんだったのでしょうか?

もちろん遺書などは公開されていませんが、他界まじかに胸の内を言葉にしていました。

「俺はコメディアンとして人生を全うしてきた。

悲しみの溢れかえるのかな?そんなこと想像できないな。

俺の事ずっと笑っていて欲しいな。

じゃないと、ぐっすり眠れないよ。」

と、コメディアンとしての志村けんとしての言葉を残していたようです。

感動的なコメントで、プロ根性を感じます。

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まとめ

志村けんの永眠前のあらゆるシーンでの最後の言葉のエピソードについてまとめてみましたが、懐の深さがでていますね。

志村さんの優しい人であったことや仕事に対する熱意の溢れたエピソードばかりで偉大さに再確認できますね。

伝説のコメディアンとして語り継がれる事でしょう。

コメント

  1. 匿名 より:

    見方変えれば酒飲みのエロ老人やん!笑

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